池内紀の旅みやげ
池内 紀の旅みやげ(34)伊那の仕立屋ー長野県駒ヶ根市
一般には「「洋服屋」あるいは「仕立て屋」といった。店にはガラス戸に金文字で誇らかにTailorとあって、「紳士服お誂え致します」などと添えてある。既製服万能の世の中になって、すっかり廃れたと思っていた。ところが昔ながらの...
池内 紀の旅みやげ(33)牛乃乳─長野県須坂
牛乳は江戸時代にも薬用として一部の人には飲まれていたようだが、一般にひろまったのは、幕末・明治にかけて外国人から効用を教えられて以後である。明治政府は北海道開拓にあたり畜産奨励を柱にしていたので乳牛にも力を入れた。乳を搾...
池内 紀の旅みやげ(32)◯Ⅹの町──茨城県結城市
角を曲がって参道に入ったとたん、ギョッとした。正面に×のかたちで木が打ちつけてある。一瞬、「磔刑(たっけい)」という言葉が頭をかすめた。寺の大門がハリツケにされた。 茨城県結城市(ゆうきし)の名刹称名寺(しょうみょうじ)...
池内 紀の旅みやげ(31)四つ割りの南無阿弥陀佛ーー岐阜県東白川村
大きな石に「南無阿弥陀佛」と太い字が彫りこんである。いわゆる「名号碑」であって全国にごまんとあるだろう。しかし、よく見ると石のまん中に上から下へ筋が走っている。石がタテに割れたぐあいだが、横にまわると、こちらにもタテ一文...
池内 紀の旅みやげ(30) 放哉句碑─兵庫県神戸市
自由律の俳人尾崎放哉(おざきほうさい)は、ひところ神戸の須磨寺の寺守りをしていた。受付で拝観料をもらい受け、線香やローソクを売る。あいまに境内の掃除。住居と三食が保証されるかわりに、報酬は小遣いにもならない涙金。そのころ...
池内 紀の旅みやげ(29) 誉の家─山梨県富士吉田
古い家の門や玄関には思いがけないものが見つかるものだ。私はそれを「歴史の落とし物」と名づけている。人がよく定期券や財布の落とし物をするように、歴史が何げなく小モノを落としていく。 「譽之家」 大門の柱に鋲で打ちつけてあっ...
池内 紀の旅みやげ(28)値切り方─新潟県塩沢町
越後の魚沼地方では「雪季市(せっきいち)」という。雪の多いところなので雪中に催されるが春の祭礼であって、長い冬の終わりを意味している。昔はあちこちで開かれたが、現在は塩沢の一宮神社のものが、ほとんど唯一だそうだ。 三月の...
池内 紀の旅みやげ(27)仁科の赤鬼ー長野県・信濃大町
信濃大町はJR大糸線で松本から約一時間。夏場は北アルプスや立山への観光客でごった返すが、シーズン外れは閑散としていて気持ちがいい。駅前から鉄道と平行にメインストリートがのびている。車の大半は西寄りの国道を走るので、商店街...