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私たちは遊んで遊んで遊びました。

 

今本義子

私たちは遊んで遊んで遊びました。遊びすぎて死ななかったことが不思議なくらい!これは、『長くつ下のピッピ』、『やかまし村』など、愉快な作品で世界中に愛されたスウェーデンの作家、リンドグレーンが自身の子供時代について語った言葉です。私はこれを読んだとき、「おぉ、リンドグレーンもか!」と嬉しくなりました。私も、同じく遊んでばかりの幼少期を過ごしたからです。もっとも、リンドグレーンの遊び場は、スウェーデンの大自然に囲まれた牧場。私の方は、高度成長期、排気ガスのたちこめる神田神保町。時代も環境もまるで違いますが、作品を読んでいると、勝手ながら通じ合うものを感じます。そしてもう一つ、彼女と私には、4人兄弟という共通点もありました。

私は、洋書専門の北沢書店を営む両親のもと、神保町に生まれました。日本が東京オリンピックに沸いていた昭和39年10月のことです。長兄、次兄、姉、そして私は、働き者の両親と書店の二階に住んでいました。末っ子の私は、ひたすら遊んでいれば良く、みんなからマスコットみたいに可愛がられていたので、いつもお気楽。3歳違いの姉と専らお姫様ごっこやお母さんごっこを楽しんでいました。都会の真ん中とはいえ、その頃の神保町には八百屋さん、お肉屋さんなどが連なる商店街もあり、人々の生活が感じられる街でした。

北沢書店も活気があって、両親はいつも忙しくしていましたので、私は母の横に座って一緒に店番をしました。私はその時間がとても好きだったと思います。当時は意識していなかったのですが、今にして思うと、北沢書店が大好きでした。

両親は私が退屈しないように心を配ってくれていたのでしょう。ある日、父から「義子、この本ぜんぶに値札シールを貼ってくれるかな」と頼まれました。北沢書店では入荷してきた本をチェックして、見開きのページの片隅に「北沢書店」のロゴの入った値札のシールを貼るのです。「ぜんぶ、100円だよ」「うん、できるよ、パパ」まぁ、正確な会話は覚えていませんが、私は張り切って引き受けました。その日は私の身長くらい、うず高く積まれた外国の絵本が入ってきていました。
木造だった頃の北沢書店には、シェイクスピア関連の本だけを集めたシェイクスピアルームという小部屋があり、ひとり座れる小さなカウンターがありました。私はそこに、ちょこんと座って、丁寧に値段を書き込み、値札シールを貼りました。その仕事ぶりを父が褒めてくれたので、私は誇らしく思い、しばらくの間その絵本たちの売れ行きが気になって見守っていました。父から「義子がシールを貼ってくれた絵本、全部、売れたよ」と聞いたとき、子どもながらに嬉しく思ったものでした。

私はいま北沢書店の一階で、「ブックハウスカフェ」という絵本の専門店を経営しています。そして「60年近く経った今も、同じ場所で、同じことをしている!」と、改めて気がつきました。
お手伝いが楽しかった幼い日とちっとも変わりません。いまも私は、この店が長く続いて欲しいと願いながら、誰かのお手伝いをしている気持ちです。本が売れて嬉しいのも昔と一緒。「三つ子の魂、百まで」なのか、私には本屋という仕事が合っているようで、仕事の拘束時間が長くても休みがなくても、苦になりません。

この原稿を書きながら、今一度、私がどんな子ども時代を過ごしていたか、目を閉じて当時を思ってみました。すると、ひとりで北の丸公園までトコトコ散歩して、武道館の近くの売店でお菓子を買って食べたり、ぴょんぴょん飛び跳ねたり、公園の奥の方まで探検したりする私の姿が浮かんできました。そう、私には誰にも邪魔されない、遊びの時間があったのです。断片的な記憶ですが、茂みのなかの秘密の坂道を、滑らないように土を踏みしめて登り、やがて開けた景色のよい場所に出る、そんな光景も思い出してきました。当時の記憶は、鮮明とは言い難いものばかりですが、それでも一つ確かなことは、私が本当に、自由で奔放な子供時代を送れたこと。私が高校二年の夏に亡くなった父、そして、今も私を励ましてくれる93歳の母への感謝の思いは絶えません。幼い日の私を遊ばせておいてくれてありがとう。

すべての子どもたちが、お母さん、お父さんの愛情を太陽の光のように全身に浴びて、安心して遊べる世の中であって欲しい。それが私の願いです。
最後に敬愛する石井桃子さんの言葉を引用します。

子どもたちよ
子ども時代を しっかりと たのしんでください。
おとなになってから
老人になってから
あなたをささえてくれるのは
子ども時代の「あなた」です。

令和6年3月  ブックハウスカフェの小部屋にてしるす

今本義子さんのプロフィール
1964年、東京生まれ。日本女子大文学部英文科卒。富士銀行本店秘書室勤務を経て、家業の北沢書店で洋書の輸入販売に携わる。 2017年に絵本専門書店「ブックハウスカフェ」をオープン。1万冊以上の子どもの本をならべ、常に絵本の原画展やイベントを開催。人が集まる劇場のような店づくりを心がけている。

 
 

おとなはみんな子どもだった

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