季語道楽⑾ 「新走り(あらばしり)」左党にたまらぬ季語です 坂崎重盛
脳みそが茶碗蒸しになってしまいそうな長い猛暑がやっと終り、車窓から見える土手の彼岸花も、いつの間にか去り、天が急に高くなった。
こうなると酒、もちろん日本酒が旨くなる。
最初のひと口は、まずは香りをかぎ、唇を湿らせるように口中に導き、ころがして、その酒の風合いを味わう。
しかる後、たとえばシシャモ(柳葉魚)にちょっと塩をふってあぶったのに、ほんの少し醤油をたらし、七味を、これもちょっぴりつけてかじる。ぼくは焼き鳥を塩で注文しても、それに、ちょっと醤油をたらす。これで倍ほど美味くなる。
あるいは、もずく(水雲)酢にきざみショウガを、するすると呑み下してから、杯を口にもっていく。このときはウズラの玉子なんか入れてもらいたくない。なまぐさくなるから。
アジのナメロウ(※広辞苑に出てない言葉です!)なんかもいいですね。味噌とアジの身を包丁でトントントントンとたたいて、ほどよくなじませる。ちょっとネギなんかも混ぜてもOKです。
このナメロウを作るときの包丁の音を聴いているだけで酒がうまくなる。
そうそう秋の季語です。
なにが言いたかったかというと、「新酒」、これが秋の季語。「新走(あらばしり・しんばしり)」、「今年酒」も同様。「あらばしり」なんて、酒飲みなら使いたくなる季語ですよね。
そういえば、「利酒(ききざけ)」「濁り酒(にごりざけ)」「ドブロク」も秋の季語。
旅憂しと歯にしみにけり新走 宇田零雨
僧になる友に新酒すすめけり 山口波静
そくばくの利を得て父の濁酒 斎藤俳小星
とびろくに酔ひたる人を怖れけり 後藤比奈夫
老の頬に紅潮すや濁り酒 高浜虚子
紹介した第一句「旅憂しと──」の句は若山牧水の有名な「白玉の歯にしみとほる──」の短歌を思い出させます。
酒といえば、「古酒」も「猿酒(さるざけ・ましら酒)」、そして「燗酒」「ぬくめ酒」も秋。これが「熱燗」となれば当然──冬などと書いていて、腰が落ち着かなくなりました。ちょっと休憩、軽く、唇を湿らすことにしたい。♬「お酒はぬるめの燗がいいィ……っと。
さて、秋の農村の生活関連の風物として「案山子(かがし・かかし)」「鳴子(なるこ)」などがある。ご存知のごとく、実りの秋を襲う鳥獣おどし、害を防ぐためのもの。
「添水(そうず)」もまた、そのひとつ。「僧都」とも書き、「鹿威し(ししおどし)」と呼ばれることもある。
最近では、実用より日本庭園での、例の竹の筒に水がたまれば「カツーン」と筒が石に当たる音がする装置として知られているのではないだろうか。その動きから「ばったんこ」ともいわれる。
「鹿火屋(かびや)」という言葉もある。鹿や猪など田畑を荒らす獣を防ぐため、火をたき、煙をくすぶらせる小屋。
ぼくが新橋の出版社に出入りしていたころ、新橋駅前の機関車のある側に、この「鹿火屋」という名のちょっとシブイ居酒屋がありました。
当時は、この店名の意味がわからなかった。いま勘ぐれば、狸や狐や猪のような酔っぱらいを追い払うための店の名だったのかもしれない。
植物関連では「松手入(まつていれ)」「零余子飯(むかごめし・ぬかごめし)」「烏柿(あまぼし)」「菊枕(きくまくら)」「紫雲英蒔く(げんげまく)」「罌粟蒔く(けしまく)」「野老掘る(ところほる)」といった秋の生活に関わる季語がある。
ちょっと誤りやすいのが「盆踊」。最近の感覚では夏休みの町内会などで催されるので、つい「夏」と思ってしまうのでは。
ただ、「踊」も秋の季語。
もうひとつ「相撲」も。現在は、正月、春、夏、名古屋、秋、九州と六場所もあるので秋の季題としての「相撲」の印象がうすれつつある。
これも間違いやすい、「べいごま」。
もともと巻貝の「海蠃(ばい)」を独楽(こま)のように廻した「ばいごま」遊びからきている。
独楽や羽根つきが正月の代表的遊びなので、「べいごま」もまた正月と思いがちだが、これが古くは「重陽の日」の子供の遊びの行事とされていたことから、当然、秋の季語。
では、身近かな「相撲」の例句をいくつか紹介して、この稿の締めとしたい。まずは、あまりに有名な句から。
やはらかに人分け行くや勝角力 几 董
少年の腰のくびれや草相撲 小坂順子
貧にして孝なる相撲負けにけり 高浜虚子
草相撲星を仰ぎて負けにけり 土居伸哉
合弟子は佐渡へかへりし角力かな 久保田万太郎