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池内 紀の旅みやげ(40) 皿改め─兵庫県姫路市

「皿屋敷(さらやしき)」伝説は全国にある。主人秘蔵の皿を奉公の女が割ったために殺され、のちに幽霊となって主人を悩ませるというのだ。なかでも播州姫路と江戸番町のケースが有名で、江戸時代に人形浄瑠璃「播州皿屋舗」がつくられ、のちに黙阿弥や岡本綺堂が番町を舞台に芝居にした。全国的に伝承があるのは、旅芝居などで地方につたわり、あやしげな屋敷と関連づけてつくられたらしい。

伝説にはヴァリエーションがいろいろあるが、主人公の名前がお菊、これをナブリ殺しにする男(主人)が青山ナニガシという点では、ほぼ共通している。私は播州姫路の生まれであって、幼いころすでにお菊さんとなじんでいた。浄瑠璃では御家横領を企む青山鉄山が忠臣の妻お菊に悪事をさとられ、大切な皿を紛失したという濡れ衣を着せて殺すわけだが、郷里ヴァージョンはややちがう。藩主小寺家を奸臣青山鉄山の一味が乗っとり、十枚揃いの皿で祝杯をあげる。そのうちの一枚を一味のものが抜きとり、皿改めに忠女お菊を引き出して、日夜はげしく責め、古井戸につるして殺してしまった。死後、菊の霊があらわれて一味のものを悩まし、滅亡させて本懐をとげるというのだ。

少年のころに知ったもので正確でないかもしれないが、大筋はそんなところだと思う。子供ごころに「皿改め」というのが恐かった。十枚あるはずが九枚しかない。お菊は顔色をかえて数え直す。

「一枚、二枚、三枚……」

やはり一枚足りない。ふるえ声になって、またもや数え直す。殺されたあと亡霊になってからは、声がおどろおどろしくなり、うらめしげに細い声で数えていく。

お菊が逆さ吊りにされたとい古井戸のことは知っていたが、そのお菊さんが神サマになっているとは知らなかった。先ごろ用向きで郷里に帰り、「十二所(しょ)」というかわった地名の町筋を歩いていると看板に出くわした。

播州皿屋敷 お菊物語 さてもこちらがその舞台とは、まずはご覧あれ!

播州皿屋敷 お菊物語 さてもこちらがその舞台とは、まずはご覧あれ!

「播州皿屋敷 お菊物語 お菊神社 御祭神 菊姫命(きくひめのみこと)」

十二所神社という古くからの神社があって、その境内の一角に祀られていた。小づくりだが、しっかりした建物で、すぐ前に「烈女 お菊」と刻んだ石が据えられている。由来記の伝えるところは、少年のころに知ったのよりずっとくわしくて、主家の家宝の「赤絵の皿」というのがからんでいる。やはり古井戸が出てきて、そこで屠(ほふ)ったという。ときにお菊二十一歳。

「御祭神は水と皿にごえんがあり、御婦人、水商売、陶器の守護神として、悩み事、願い事に御利益があります」

御婦人の悩み、水商売、願い事など御利益があります。

御婦人の悩み、水商売、願い事など御利益があります。

お家騒動があって犠牲者が出たのは事実のようだ。くわしく詮索すると面倒なことになるので、そんな場合、昔の人は犠牲者を神に祀って、あとは伝説に仕立てたのではあるまいか。亡霊がおどろおどろしい声で皿を数えるシーンなどは、いかにもフィクションの流儀である。古井戸の水から水商売、因縁の皿から陶器の守り神とは苦しいこじつけだが。ちゃんとお参りする人がいることは、しっかりしたお社(やしろ)からもあきらかである。わがふるさとびとは鷹揚というか、いいかげんというか、おおざっぱなタイプが多いので、可愛そうなお菊さんが神さまになっていれば上々吉というものだろう。

上方落語の大御所桂米朝師匠は同じ姫路の出身で、「皿屋敷」をよく席にかけた。お菊さんが殺されるところまでは伝説をなぞり、死後が落語に仕立ててある。亡霊となって夜な夜な井戸からあらわれ、皿の数をかぞえていく。それが口づてに伝わって、古井戸のまわりに見物人がやってくる。「九枚」で逃げ出せば、何ごともない。「十枚」の声を聞くとたたりがある。

夜ごとに人がふえて、いまやまわりをギッシリととり囲むまでになった。

「ヨーヨー、お菊さん、待ってました!」

「コンバンハ、おこしやす」

落語になると、お菊さんもイロっぽいのだ。芝居がかりで皿を数えていく。

「八枚ィー、九枚ィー」

「サー、逃げろ 逃げろ」

ある夜、お菊さんの声に変調がある。「カゼをひいてますねん」。「八枚ィー、九枚ィー」。逃げ遅れた面々が聞きつけた。「十枚ィー、十一枚ィー、十二枚ィー……」

「コラ、まじめにやれ!」

見物人の抗議にお菊さんのいうには、カゼにつき明晩はお休み。今夜は二日分を数えておく──

米朝師匠も幼いころ、仲間と「一マーイ、二マーイ」の遊びをしたのではあるまいか。おもしろいハナシと思うのだが、ほかの師匠で聞いたことがない。皿改めの故里の人に敬意を表して、「米朝十八番」とされているのかもしれない。

【今回のアクセス‥JR姫路駅より徒歩十分.バス停「十二所前」のすぐそば】

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