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新・気まぐれ読書日記 (5) 石山文也 エメラルド王

今回もノンフィクションから選んだ1冊を紹介する。南米・コロンビアの日本人宝石商の一代記『エメラルド王』(新潮社)である。「その国ってどこにあるの?」と言われる方もありそうなので最初に説明しておく。コロンビア共和国は南米大陸の「北西の肩」の部分、東はベネズエラ、南東はブラジル、南はペルー、南西はエクアドル、北西はパナマと国境を接し、北はカリブ海、西は太平洋に面している。ブラジル、メキシコに続いてラテンアメリカ第3位の人口を誇り、コーヒーやバラ、近年はコカインの産地としても知られ世界の80%の産出量がある緑色の宝石・エメラルドの産出で有名である。なぜ詳しく紹介するかというと近年は左翼ゲリラ、右翼民兵、麻薬組織による内戦に苦しみ「南米で最も危険な国」として観光客から敬遠され、辺境マニアにファンが多い旅行ガイド『地球の歩き方』でもペルー、ボリビア、エクアドルとともに1冊になっているのにタイトルは「ペルー」で、まるで属国としてついでに載せた印象である。

コロンビア産のエメラルドは産出量が多いだけでなく品質の良さからも珍重されている。山奥の鉱山で掘り出された原石は首都のボコタに集められ、研磨加工されて世界中に出荷される。それを一手に扱うのが「エスメラルデロ(エメラルド屋)」と呼ばれる専門宝石商で日本もお得意先の代表である。業界を牛耳っているのが意外にも日本人で宝石貿易商社経営者の早田英志。その破天荒な人生を、文筆家で「死体写真家」として世界を飛び回る鬼才・釣崎清隆が丹念に取材してまとめ上げた。帯の<血湧き肉躍る驚愕の一代記、堂々完成!>は「ちょっとこれ大時代的すぎるよな」と思いながらも船戸与一、高野秀行両氏の推薦文に惹かれて手に取った。

早田英志・釣崎清隆著『エメラルド王』新潮社・2011.6刊

早田英志・釣崎清隆著『エメラルド王』新潮社・2011.6刊

序章は多くの死体が警察署の門前に並べられた1976年の地方都市・ムッソーから始まる。「ハゲタカの群れは宙の群青に溶けそうなほど高高度にありながら、はるか地べたに行儀よく並んで仰臥する十数体の腐肉の馳走をその赤目で詳密にとらえ続けている。緑色戦争=ゲッラ・ベルデのさなか、日々量産され続け収容能力をはるかに超えてあふれ出た異状死体が警察署の門前に集められて公示され、プラザの一角を占める名物になっている。この国では死因の第一位が殺人であり、十人に一人が銃で撃たれて死ぬ」と続く。共著者に釣崎が選ばれたというより彼でなくてはこれから始まる暴力と欲望、血と死体が日常茶飯事の世界を案内できないことが暗示される。

ここで駆け出しのエスメラルデロとなった36歳の早田が登場する。対するは物々しく武装した用心棒に守られた荒くれ宝石ゴロのマルティン・ロハス。くすねたエメラルドを売ろうとして捕まった男児が泣きわめくのにも構わず、腰から抜いた黒革ベルトで力任せにたたき続ける。先ほどの死体のいくつかはこのロハスのしわざだったがもちろん目撃者や証拠はない。耳をつんざく男児の黄色の悲鳴と風を切り裂いて尻の肉を打つ音にたまらずに割って入ったのが早田だ。場所が場所だけに多くの観衆が囲んでいたのと早田の気迫に一瞬気押されたロハスが銃を抜く寸前でとどまり男児は解放された。

早田は40年10月に埼玉県熊谷市で生まれ、空襲を避けて疎開した父親の郷里の熊本県佐敷町(現・芦北町)で育った。八代高校から東京教育大に進み4年生の時に出かけたハワイでアルバイトをしながら卒業論文を書き上げ、その後は行く先々で同じように小遣いを稼ぎながらアメリカ本土やメキシコをはじめとする中米の国々を回った。2年後に帰国してノースウエスト航空に就職したが航空会社で働けば割引料金で海外旅行ができるのが魅力で、パンアメリカン航空に移籍して米連邦航空局の航空整備士免許を取得するものの日本を離れたがらない最初の妻との結婚を清算し、会社も辞めて再び中南米を放浪する。

アメリカ・ラスベガス最大の宝石店を経営する日本人宝石商に見込まれた早田はコロンビアでエメラルドを買い付ける仕事に飛び込む。面接では流暢に話せるスペイン語ではなく「銃が使えるか」というオーナーに答えた「YES」が採用の決め手になった。

駆け出し当時から精力的に仕事を重ね、現地事情を知り尽くした早田は35歳で独立、首都ボゴタで一介のエスメラルデロとしての道を歩み始める。エメラルド鉱山はどこもボゴタからバスで片道7、8時間もかかる辺境の山岳地帯にある。そこで3日から1週間かけ原石を買い付け、ボゴタにトンボ帰りすると翌日から研磨職人の傍らで石が盗まれたり割れたりしないようにずっと見張りながら作業を監視し、カットし終わった石を売り出して換金して鉱山に取って返す。これを月に4、5回行って資本を蓄えていった。そうやってコツコツ努力して業界を牛耳る大物になったのかというととんでもない。これでもかと繰り返し描かれる緑色戦争に何度も飲み込まれ、そのたびに命を失いそうになる。

元来、コロンビアは天然資源に恵まれ31万バレルの埋蔵量が見込まれる原油、69億トンを埋蔵する石炭を始め、天然ガス、岩塩、鉄、銅、チタン、プラチナ、金、銀、エメラルドを産する世界垂涎の豊かな国である。これらの地下資源は国有化されたものの乱脈経営と盗掘や密輸を許し、劣悪な労働条件に反発する苛烈な労働争議の頻発で左翼ゲリラはコロンビア革命軍を組織して国土の半分近くを支配するなど肥大化していく。対する政府軍も頼りにならず民営化の名目で外国資本の進出を許したいくつかの鉱山も地主が個人所有する自警団が対ゲリラ戦仕様に重武装、尖鋭化して革命軍とのせん滅戦を繰り返すことになる。三つ巴、政府軍も加えればさらに複雑な権力抗争でこれがエメラルド色を象徴したまさに「戦争」である。武田信玄の風林火山になぞらえて「冒険の章」の<風>と<林>「暴力の章」の<火>と<山>の4ステージに分けて描かれる「早田のゲッラ・ベルデ」は銃撃戦などだけでなく勢力を拡大して早田が事務所を構えるビルを占拠しようと押しかけたエメラルド組合連合と対峙する人生最大のピンチもあり、それぞれが息をつかせない。

終生の好敵手となった悪漢のマルティン・ロハスはしぶとく生き続けているが本に登場する何十人もが、集団を勘定すれば何千、何万人もがすでにこの世にいない。2m超、140キロの体躯と屈強の腕節で長く早田の右腕をつとめた鉱山(やま)男のモンターニョも唯一の趣味だった闘鶏場でのささいなトラブルで背後から撃ち殺された。波乱万丈の「ハードボイルドな冒険活劇」を実際に生きた早田は現在71歳、冒険者としての孤独と虚無をかかえながら<夢を賭けた地・コロンビア>でどっこい健在というのは信じられないけれど。

ではまた

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