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新・気まぐれ読書日記 (4) 石山文也 パタゴニア・老いぼれグリンゴ

承前、単なる思いつきであるが一度こう書き出したかった。前回に続き河出書房新社の創業120周年記念出版『世界文学全集』。何せ30巻もあるから先が長い、というのは冗談冗談、上段に構えて退屈されても困るし日も暮れる。
それはさておき「ある作品」が収録されたことでこの全集を知ったと書いた。才能を惜しまれながらも48歳で夭折したブルース・チャトウィンの代表作『パタゴニア』である。書店の雑誌コーナーで<旅に行きたくなる。>を特集した『BRUTUS』を見つけた。<旅へ誘う言葉と本。><あの人はどんな旅をしたのか。>などサブテーマの句点(。)がやたら多いのが気にはなったがレジに急いだ。
チャトウィン著『パタゴニア』世界文学全集Ⅱ—08
チャトウィン著『パタゴニア』世界文学全集Ⅱ—08

1940年、イギリス・シェフィールド生まれ。大学卒業後、美術品オークション会社「サザビーズ」の有能美術鑑定家として活躍したが、わずか5年で退職、北アフリカ・スーダンのハルツームに出かけて隊商に混じって紅海近くまで放浪したり。それに飽きると大学で考古学を学んだり。その後「サンデイ・タイムズ」の記者として有名人などへのインタビューを手掛けた。取材相手の心を掴むというか構成の妙に長けているというか。第一作目の『パタゴニア』でいきなりイギリスのホーソンデン賞やE・M・フォスター米国芸術文学アカデミー賞を受賞して華々しい作家デビューを飾った。

幼児のころ祖母の家の食堂にあったカラス張りの飾棚に置かれた「恐竜・プロントサウルス」の皮を見た記憶を頼りにパタゴニアに出かけた「旅行記」である。太古の昔に恐竜がいたという辺境の地は南米の最南端に位置する。南緯40度より南、アンデス山脈がやがて南氷洋に沈み込む広大だがほとんど人も住めない地の果ての大地。世界で最も美しいと形容される山群は容易に人を寄せ付けず、一年中強風が吹き荒れるフエゴ島や「吠える」と古来から船乗りたちに恐れられた海の難所のホーン岬、マゼラン海峡などがある。

氷河から見つけたという恐竜から、皮を採集してイギリスに運んだのは祖母のいとこの商船の船長だった。その消息を探る旅は、はからずも<地の果て>に漂泊した無法者や亡命者、アナーキストなどの人生を辿ったり、さまざまなエピソードが発掘される。元・船長は現役時代に難破したことがあるマゼラン海峡を見下ろす家にようやく落ち着いてこの地で没していた。彼と同じ血が流れていること、ノマド=移動する民の末裔という自覚。チャトウィンは終生「人はなぜ旅をするのか」を<動きながら>思索し続けた。

『パタゴニア』の邦訳は90年、芹沢真理子訳、98年には同じ出版社(めるくまーる)から新装版が出されたが初版のみで絶版になった。古書店で幸運にも見つけた新装版が手元にあるが「辺境への旅の本」の紹介企画では、いつも*絶版として紹介されるというのを以前、書いたことがある。私も旅そのものだけでなく、旅の本、なかでも「辺境もの」は大好きだから書店の棚に山ほど置かれた雑誌のなかで、視線が捕えたというか一瞬の出会いがあって、そこから「世界文学全集そのものを紹介する」などという<身の丈知らずの暴挙>になったわけである。

ところで今回は池澤氏の「解説」が読みたかったので『パタゴニア』とカルロス・フエンテス(メキシコ)の『老いぼれグリンゴ』が入った第20巻を購入した。全集だが価格はばらばらで1冊だけ買ったとしても違和感のない装丁だ。

日本人作家ではただ一人、石牟礼道子の『苦海浄土』が収録されている。こちらは図書館で借りて読んで圧倒されてしまった。『苦海浄土』『神々の村』『天の魚』の三部作が1冊になったので持つとずしりと重い。活字2段組みで770ページ、余談ながら価格も4,305円といちばん高い。

恥をさらすようだが、以前、ほんの一部を走り読みしただけでこの作品を「水俣湾や不知火海を工場排水で汚して<苦海>にした公害企業を告発する内容」と誤解していた。池澤は「人々から託された言魂を見事に作品にしてくれたルポルタージュを超えた文学であり、チッソに象徴される現世ないし近代を直視しながら生んだ=産んだ作品」と解説している。題名も「繋がぬ沖の捨小舟、生死の苦海果てもなし」という弘法大師和讃からと知った。戦後の日本文学を代表する作品、「古書探索リスト」に書き加えておいた。

全集の刊行に合わせて「夕刊フジ」に池澤が連載として書いたコラムを1冊にした『池澤夏樹の世界文学リミックス』は短編作品まで入れた「完全版」(2,940円)と「エッセンス版」(1,470円)がいずれも河出書房新社から4月に出版された。

世界文学リミックス版

世界文学リミックス版

「ラテン・アメリカ十大小説」岩波新書

「ラテン・アメリカ十大小説」岩波新書

岩波新書では2月にこの全集でイサベル・アジェンデ(チリ)の『精霊たちの家』を訳した木村榮一・神戸市外国語大学学長が『ラテン・アメリカ十大小説』を出版した。全集収録のフエンテスや昨年のノーベル文学賞を取ったバルガス=リョサ(ペルー)も選ばれている。他にもボルヘス(アルゼンチン)やガルシア=マルケス(コロンビア)といったノーベル賞組を立て続けに輩出しているのはご存知の通り。「言語を伸びやかに駆使しながら失われていた物語を小説の中によみがえらせた」と評され近年翻訳されることが多くなったラテン・アメリカ小説の入門書としても最適であろう。

最後の1冊は写真家・野村哲也の『カラー版パタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地』(中公新書、中央公論新社)。「地球の息吹」をテーマにアラスカ、アンデス、南極など辺境に被写体を求めるなかで訪れたパタゴニアにすっかり魅せられ07年に移住した。昨年2月に大型写真集の『PATAGONIA』(風媒社)が出たことは知ってはいたがちょっと高かったので「古書リスト」に書いただけだったので早速買ってきた。102092

それが先日、ブックランキングの文庫・新書部門の上位に入っていた。作品にせよ旅そのものにせよ<時代が辺境に目を向けるようになった>のか。私と同じ趣味というか同好の士が多くなったのは確かではある。

ではまた

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