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季語道楽⑼ えっ、「ほおずき」は夏の季語ではない? 坂崎重盛

七月十日、仕事場へ行く前に浅草で途中下車をした。七月十日といえば「四万六千日」、浅草寺で鬼灯市(ほおずきいち)の立つ日である。

ちょっとした落語ファンならご存知のはず、この「四万六千日」、黒門町の師匠、桂文楽の名演で知られる『船徳』の中に出てきますね。

「四万六千日、お暑い盛りでございます」──この七月十日に浅草観音にお参りすれば四万六千日参詣したのと同じ功徳がある、といわれ、季節ものの鬼灯市で賑わう。

夏の不忍池の情景。蓮の花は今日のほうがびっしり咲いています。「蓮見茶屋」が建てられたのもありがたい。(明治35年の石版名所絵)

夏の不忍池の情景。蓮の花は今日のほうがびっしり咲いています。「蓮見茶屋」が建てられたのもありがたい。(明治35年の石版名所絵)

『船徳』のセリフではないが、この日も、まさにカンカン照り。仲見世から一本裏の道を歩いていたら、あれはきっと熱中症ですね、日陰のベンチでぐったり頭をたれているおばさんがいて、両脇の人が水にしめらせたタオルを彼女の首にあてがったり、扇子で風を送ったりしていた。

ぼくも汗を拭きつつ、観音様に(いろいろ宜しく!)と、大ざっぱ、かつ念をこめてお願いしたあと、鬼灯市の情景をカメラにおさめ、夕方会う人にあげようと弁天山向いの手ぬぐい屋「ふじ屋」で、鬼灯の絵と「四万六千日 浅草寺」と書かれたのを2本選び、ひと仕事終えた気分で、冷房のよく効いた松屋へもぐり込んだ。

たまには関西の名所絵も。こちらも夏の蓮池。(明治28年の石版大阪名所絵)

たまには関西の名所絵も。こちらも夏の蓮池。(明治28年の石版大阪名所絵)

「四万六千日」、当然、季語とすれば夏ですよね。では「ほおずき」(鬼灯、鬼燈、酸漿)はというと、これが秋の季語。ところがところが「ほおずき市」となると、新潮文庫『新改訂版俳諧歳時記』他では夏の季語なのに、角川文庫『新版俳句歳時記』では「ほおずき」も「ほおずき市」も秋の部に収録されている。

「ほおずき市」を秋の季語とした角川文庫の解説を見ると、「昔は陰暦で行われたが、今日では盛夏に行なう」とある。しかし、他の二つ、三つの歳時記にあたってみると「ほおずき市」はやはり夏、「ほおずき」だけなら秋、が優勢のよう。

ま、それにしても「ほおずき」が秋というのも、知らないと、つい夏と思ってしまう。

七月末に開かれる隅田川の花火。これは「両国橋の納涼」の図。このころは橋はまだ木造。(明治34年の石版名所絵)

七月末に開かれる隅田川の花火。これは「両国橋の納涼」の図。このころは橋はまだ木造。(明治34年の石版名所絵)

では「ほおずき」と「ほおずき市」の例句を見てみよう。好みの句では、

鬼灯を地にちかぢかと提げ帰る        山口誓子

くちすえばほほづきありぬあわれあわれ    安住 敦

ほほづきに女盛りのかくれなし        河野多希女

鬼灯市に遭ひし人の名うかび来ず       石田波郷

ゆきずりの顔が月夜のほほずき市       長谷 岳

いつからか都電なき町鬼灯市         山越 渚

炎立つ四万六千日の大香炉          水原秋桜子

他にも、手もとの歳時記をチェックしたが──「ほおずき」「ほおずき市」この二つの季題では、皆さん、かなり難儀しているよう。名句ができそうでできにくい題なのかもしれません。

「ほおずき」の出たついでに、植物の夏の季語を見てみよう。歳時記を読む楽しみは、いろいろあるが、植物の名の表記を知ることができるのも、そのひとつ。妙なあて字も優雅な漢字もあります。

さて、どれだけ読めますか? 書けますか?

まずは①百日紅 ②石榴の花 ③紫陽花 ④撫子 ⑤梧桐──ここらあたりは、かなりなじみ深いのでは。①は「さるすべり」 ②「ざくろ」 ③「あじさい」これは「七変化」とも呼ばれますね。もう一つ「四葩・よひら」これは、あじさいの四枚の額からついた名とのこと ④は例の「なでしこ」。「常夏・とこなつ」という美しい呼び名もあります ⑤は「あおぎり」成長が早く緑陰を作るので街路樹やテニスコート脇などに植栽されたりします。

とっさには思い出さないかもしれないが、言われてみれば(そういえば)といった植物名──①石楠花 ②山梔子 ③李 ④橙 ⑤茉莉花 ⑥橡 ⑦李 ⑧含羞草 ⑨仏桑花

① は「しゃくなげ」 ②「くちなし」 ただ「梔子」とも表記することもある ③「すもも」「巴旦杏・はたんきょう」はその変種 ④「だいだい」 ⑤「まつりか」「そけい」「ジャスミン」とも呼びます ⑥「とち」一般には「栃」の字を当てることが多い ⑦「すもも」「す○○○○○○○○のうち」というなぞなぞがありました。○に一字入れて、ひとつの文章にする。答は「も」です。⑧「ねむりぐさ」じつはこれが「ミモザ」とは、知りませんでした。⑨「ぶっそうげ」「琉球むくげ」ともいう。

では外国名の植物を漢字で表記すると──。

①サボテンの花 ②パイナップル ③ポピー ④グラジオラス ⑤ダリア

①は「仙人掌」なるほど仙人のてのひらですか ②「鳳梨あななす」これ無理に和名にしないで「パイナップル」でいいのでは ③「雛罌粟・ひなげし」と、もうひとつ「虞美人草」があります。夏目漱石の作品のタイトルにもなっていますね。④「唐菖蒲」音がなんとなく似ています ⑤正しくは「ダアリア」これを「天竺牡丹」というらしい。

日本名に戻って、こちらも結構おなじみ。しかし表記の仕方によっては、「?」となるものも。

①合歓の花 ②糸瓜 ③向日葵 ④浜木綿 ⑤独活の花 ⑥山葵の花 ⑦茴香 ⑧花卯木 ⑨木耳

①は「ねむ」触れると葉がシューッとしぼむ ②「へちま」では「南瓜」「西瓜」は? わかりますよね ③これは「ひまわり」は誰でも知っている。しかし「日車」「日輪草」「天竺葵」「天蓋花」と表記されると…… ④は「はまゆう」これだって女優の浜木綿子さんを知っているから読める?「はなおもと」とも。⑤「うど」何かストイックな印象の表記 ⑥「わさび」、ただし「花」がつかない「わさび」だけだと、春 ⑦「ういきょう」 ⑧「はなうつぎ」「卯の花」です ⑨「きくらげ」たしかに木から生えた黒い耳のような……

さて、これから植物名は、知らないと多分、なんの草木だかわからないかも、という表記。字を見ただけで、草木の姿が思い浮かぶ人は、かなりの植物通。もちろん、すべて夏の季語。

① 杜鵑花 ②楊梅 ③槐 ④樗の花 ⑤黐の花 ⑥金雀花 ⑦凌霄花 ⑧豇豆

⑨十薬 ⑩玫瑰 ⑪苧環 ⑫鴨足草 ⑬萍 ⑭虎杖の花 ⑮蓴菜 ⑯海蘿 ⑰海松

① は「さつき」 ②「やまもも」一般には「山桃」 ③「えんじゅ」豆科の喬木で、もちろん豆がなります ④「おうち」「棟」とも表記。一般には「双葉より芳し」の「栴檀(せんだん)」です ⑤「もち」 ⑥「えにしだ」「金雀枝」とも表記 ⑦「のうぜんか」「のうぜんかずら」 ⑧「ささげ」これは読めない、書けない ⑨「じゅうやく」「どくだみ」のことです ⑩「はまなす」簡単に「浜梨」と書くことも ⑪「おだまき」 ⑫これが「ゆきのした」!? 単に「雪の下」と書くことが多いが「虎耳草」という表記も ⑬「うきくさ」こちらも「浮き草」がふつう ⑭「いたどり」 ⑮「じゅんさい」夏の食卓にふさわしい涼しい食感と味です。日本酒が飲みたくなる ⑯「ふのり」昔はこれを使って家で着物の洗い張りをしました ⑰「みる」まさに海の中の松のような海藻。万葉の時代から日本人の生活に登場していたようです。

とまあ、難しい漢字あり、なぞかけのような表記ありで、なかなか面白い。

京都の、きれいどころの夕涼みの景でしょうか。柳に屋形船、月ものぼりました。(大正期〈?〉の団扇絵)

京都の、きれいどころの夕涼みの景でしょうか。柳に屋形船、月ものぼりました。(大正期〈?〉の団扇絵)

まぎらわしいから、どれか易しい表記に統一して欲しいですって? いや、いや、異名や表記にいろいろあるところこそ、文化の厚み奥行きではないでしょうか。

人の呼び名に、その人なりの愛称やあざ名があるように。

では例句を少し見てみよう。「向日葵(ひまわり)」──

向日葵が好きで狂いて死にし画家       高浜虚子

脱臼の腕吊り向日葵を愛す          佐藤鬼房

向日葵の背後にわれあり恢復期        花野井昇

向日葵や信長の首斬り落とす         角川春樹

夏の太陽の下で丈を伸ばしユラリと大きな花となる向日葵、第一句はゴッホを読み込んだ。四句の、向日葵と信長の首は(なるほど!)と思わせる。

もう一つ、「仙人掌(さぼてん)の花」では──。ぼくの好きな句がいろいろありました。

誰が死んでも仙人掌仏花にはならず      長谷川久久子

船着くと花仙人掌のかげに湯女        向野楠葉

仙人掌の針の中なる蕾かな          吉田巨蕪

花覇王樹憤りし女瑞々し           中村草田男

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