“8月26日” 「蚤の目大歴史366日」 蚤野久蔵
*1931=昭和6年 新聞各紙は羽田飛行場の開港を皮肉っぽく報道した。
飛行場を管轄する逓信省は前日25日に報道陣を招いて賑々しく披露した。大正時代からあった羽田運動場などを買収して53ヘクタールの面積を確保し、幅15m、全長300mの滑走路が作られた。それに続くエプロンなどは舗装されていたがそれ以外は草地のままだった。建物も平屋が二棟、無線による管制設備はなかったので飛行場にはつきものの管制塔もなかった。
現在のように京浜急行もモノレールも高速道路もなかったから<羽田は品川のはるか先>というイメージで、東京からは不便だった。羽田には1917=大正6年に開校した日本飛行大学校があり、飛行訓練施設や滑走路も併設されていたがそれも騒音や事故など万一の場合に近隣に迷惑をかけないための立地という側面もあったからで民間機は使えなかった。
報道陣ががっかりしたのは記念すべき第一便の日本航空輸送の大連行きの<搭乗客>。乗客は2人だけで、積まれたのは現地のカフェが企画した「故国の秋をしのぶ一夜」を演出するためのスズムシやマツムシ6千匹。これでは感想も聞けないし、虫の音を楽しむ客は羽振りの良かった軍部や満鉄あたりのお歴々ばかりと思われたのでしょう。
空港を管轄する逓信省も宣伝にはあれこれ腐心したようで1937=昭和12年に欧亜連絡飛行を行った朝日新聞社の「神風号」の帰着地に。2年後には世界一周飛行に向かった毎日新聞社の「ニッポン号」の発着地にすることで日本航空史に名を残す“偉業の舞台”となった。この二大イベントを挟む昭和13年には第一次拡張工事が行われ、面積も20ヘクタールが広がり、滑走路も800mに延長された。さらに翌年には2本目の滑走路が完成しターミナルも増築され無線など航法支援施設の整備も進められた。
*1931=昭和6年 リンドバーグ夫妻が親善飛行で日本へ飛来し霞ヶ浦に無事着水した。
羽田飛行場の開港翌日だったがこちらはロッキード社の水上機「シリウス号」だったからちょっとした水面さえあれば離着陸できて待ちかねた大観衆を喜ばせた。ニューヨークを出発し、カナダ、アラスカから北太平洋を横断、23日に国後島、24日に根室に立ち寄ったあと霞ヶ浦に到着した。
夫妻は用意されたオープンカーでパレードしたが何重にも囲んだ群衆はアメリカ国旗と日の丸を振って大歓迎した様子が記録写真に残る。男女ともに洋装が普及しており男性はパナマ帽姿が目立つ。和服の着流しでも同じようにパナマ帽が多いところを見ると「夏はパナマ帽」が男のおしゃれの定番だったか。
このあとの東京は上空を飛んだだけで素通り、大阪、福岡を経て目的地の中国・南京=漢口へ向かった。夫妻にとってこのあたりまでが人気の<絶頂期>で翌年には長男が身代金目当てに誘拐され、犯人側との交渉が実らず死体で見つかるという悲しい事件が起きた。
*1789年 フランスの国民議会が人権宣言を採択した。
アメリカの独立宣言をモデルにしたとされ、正式には「人権および市民権の宣言」といわれる。第一条で「人間は生まれながらにして自由であり、権利において平等である」と定める。さらに主権は国民にあり、国民は参政権を持つこと、所有権が神聖不可侵であることなどが盛り込まれた。これに先立って決議された「封建制度の廃止」が旧制度の<死亡証明>ならこちらは新制度の<出生証明>ともいえる。もっとも国王・ルイ16世はまだ承認していなかったから、あくまで国民議会の“いちおう”の決定に過ぎなかった。
*1931=昭和6年 東京駅頭で狙撃されて療養中の前・内閣総理大臣・濱口雄幸が61歳で死去。
前年11月14日に陸軍演習の視察と天皇の行幸への付き添いで岡山に向かうところだった。午前9時発の神戸行き特急「燕」に乗車するため4番ホームを歩いているところを右翼の男にピストルで狙撃された。弾は腹部に命中したが東京帝大病院での緊急手術で一命を取りとめた。撃たれた直後に浜口は「男子の本懐だ」と叫んで有名になったが、民政党の総裁も辞任して療養していたものの9カ月にも及ぶ療養もむなしく化膿症が悪化した。現在の東北新幹線改札口そばに濱口の「遭難現場」を示すプレートがある。
官僚出身。蔵相や内務相を歴任して1929=昭和4年に第27代の内閣総理大臣に就任するとわが国の総理では初めて新メディアのラジオを通じて所信演説をしたことで知られる。謹厳実直さと相まって国民の支持を集めて存在感を示した。その風貌から「ライオン宰相」と呼ばれ官邸にはライオン像が飾られていたがカメラマンのリクエストがあると一緒に納まるというお茶目な面もあった。政策面では第一次世界大戦終結後のこの時期、軍部を押さえて軍拡より軍縮、積極財政から緊縮財政に舵を切った。さらに金解禁を断行したことで右翼からの激しい攻撃にさらされていた。そのなかでの暗殺未遂事件だった。