“9月10日” 「蚤の目大歴史366日」 蚤野久蔵
*1970=昭和45年 ハワイの俳句愛好家が待ち望んでいた『ハワイ歳時記』が発行された。
ホノルル市の博文堂刊で英題は「Hawaii Poem Calendar」、四六横判432ページ、布貼のしっかりした装丁に函付だ。ハワイ在住の俳人・元山玉萩が季語としてあげるべき行事、諸島特有の動植物や魚、気候・天文を取捨選択しての十年以上の苦心の編集作業が実った。地元の日本語新聞「布哇(ハワイ)タイムス」にも大きく取り上げられて話題になった。「常夏の島」と形容されるハワイだがそれぞれの季節には微妙な変化がある。それに合わせて季節分類も 春[1~4月] 夏[5~8月] 秋[9~11月] 冬[12月] の変則区分となっているのがユニークだ。巻頭24ページものカラーページではマウナケア山、カメハメハ王像、大王祭、動植物から魚類まで紹介するなどハワイのガイドブックも兼ねる。川端康成がノーベル文学賞受賞後にハワイ大学に招かれて講演した際にハワイ特有の季節感であると紹介した「夜の虹」や「冬みどり」は季語としては珍しいからこちらから。
「夜の虹」<春>=ホノルル・マノア渓谷の霧が夜間淡い虹色に染まる現象
カハラオプナの恋の色とも夜の虹 玉荻 カハラオプナ:ハワイ創世伝説の女神
布哇娘の恋の炎ぞ夜の虹 豊村
「冬みどり」<冬>=12月はハワイの雨季、残暑にあえいだ草木も緑になる。ダイヤモンドヘッド(金剛峯)やポンチボール墓地のものが有名。
冬みどり金剛峯の泰然と 南枝
ビキニの娘等に遠嶺冬みどり 睦川
俳句づくりには必携の「歳時記」もほとんどが<東京と京都を結ぶ緯度>が中心だから地方に住む俳句愛好家にはどうしても季節のとらえかたなどでの違和感が否めない。しかもその地方独特の行事も多い。ハワイならなおさらだ。なぜ手元にあるのかというとたまたま古書店で手にとって面白そうなので求めたものだ。次の「アロハシャツなる老二人」なんかいいでしょう。気にいったいくつかを紹介しよう。
「アロハシャツ」<夏>
若さ語るアロハシャツなる老二人 五橋城
肩こらぬ日日の暮らしやアロハシャツ 花雪
「カメハメハ祭」<夏>=ハワイ諸島を統一したカメハメハ大王の誕生日でハワイの休日。「大王祭」ともいう。
ポリネシアンの昔をしのぶ大王祭 計良
大王祭騎馬の足並揃いけり 春芳
「夜半の雨」<秋>=晩夏から秋季の夜に通り過ぎるシャワー雨。翌朝は晴れる。
地軸自転万物黙す夜半の雨 玉荻
詩心を静かに包む夜半の雨 夕子
「ケアの雪」<冬>=ハワイ語で「白い山」を意味する火山で冬季は山頂付近が雪に覆われる。5つの山の最高峰はマウナケア山(4,205m)。
常夏の夕陽に光るケアの雪 たか子
雲海の動きもどかしケアの雪 祐子
最後にミステリアスでちょっと怖いのを。
「コナエコー」<春>=遠い昔、沖を航行中に嵐に巻き込まれた父子が波浪と闘いながら汽笛を鳴らして救いを求めたが海に没した。静かな朧夜、深夜どこからともなく響く怪声。
世の終わり世の始めともコナエコー 月嶽
全身を耳にしてきくコナエコー 月嶽
*1951=昭和26年 黒澤明監督の『羅生門』がヴェネツィア国際映画祭でグランプリを受賞。
芥川龍之介の短編小説『藪の中』と『羅生門』を原作にして黒澤と橋本忍が脚本を書いた。橋本はこれが脚本家としてのデビューで、以後、黒澤組のシナリオ集団の一人として『生きる』『七人の侍』などを手がけた。キャストは盗賊・多襄丸を三船敏郎、武士・金沢武弘を森雅之、その妻・真砂を京マチ子が演じた。
「むせかえる真夏の草いきれのなかで繰り展げられる盗賊と美女とその夫の、息詰まるような愛欲絵巻!」というのが映画ポスターの惹句だったがモノクロ映画なのにポスターだけはカラーだった。前年8月26日のロードショー以後も客の入りはパッとしなかったので当時の大映社長の永田雅一も「わけがわからん映画だ」とおかんむりだった。しかし受賞作品のなかでも過去のグランプリ作品では最高の「栄誉金獅子賞」に輝くと一転して自分の手柄のように吹きまくった。さすが<永田ラッパ>の異名があっただけのことはある。
後年、これを回想した黒澤は「まるで『羅生門』の映画そのものだ」と話したという。